検診の心電図異常について

まとめ

心電図診断は心臓の診断ではない

患者情報無しの心電図診断の限界を認識する

心電図検診の目的を明確にする

検診の目的を心血管病変の一次予防とすれば、喫煙者に対する禁煙指導を優先させるべきである

以前の心電図との比較は重要であり、また将来と比較するためにも現在の心電図データをきちんと保存する

ホルター心電図で発見された無症状の不整脈に対する不用意な説明は患者に不安を与える

 

はじめに

我々の病院は高度専門病院であるため、検診で心電図異常を指摘された例が多く紹介される。残念ながら、循環器疾患をあまり知らない実地医家が、検診で指摘された軽度のST変化を有する患者に対して虚血性心疾患の診断のもとに狭心症の薬物療法を行ったり、検診で見つけられた不整脈に対して施行されたホルター心電図について不適切な説明を受け、心臓神経症になってきた患者も多い。私見であるが、心電図検診を受けなかった方がよかったと思える例も少なくない(1)

心臓の診断の手順としては、病歴の聴取、身体診察、心電図、胸部レ線の4つの方法でおおよその疾患を考える。しかし、循環器疾患をあまり知らない医師は、心電図診断と心臓の診断を混同し、心電図1枚からその患者の次回のフォローを要するか否かという情報まで期待するが、病歴や身体所見等の患者情報なしに心電図診断を下すことは不可能である。

そもそも心電図検診の目的は何だろうか?心電図で狭心症を見つけることができるだろうか?心電図検診で見つけられる疾患を明確にしておく必要がある。心電図検診を心血管疾患の一次予防であると考えれば、禁煙を勧めずして心電図を毎年とり続けるという企業の姿勢に問題がある。

循環器専門医からみると、その心電図検診のおかげで心尖部肥大型心筋症における心電図の経年変化や、拡張型心筋症における初期の病態を確認できるようになったことは特筆すべきことである。心電図検診の意義としては、肥大型心筋症を検出して運動制限を加えること、および将来医師を受診したとき比較するために現在の心電図データを残しておくことであると私は考える。

心電図が正常であっても心疾患を有することはまれならずあり、心臓由来と思われる症状があるときは、他の診断法とあわせて総合的に診断することが必要である。心電図検診を行う医師は、心電図を読影できることより、むしろ心電図診断の限界を知っていることのほうが大切である。検診の原則は"Do no harm."である。

この論文では、患者は無症状であり、心疾患の5番目の診断法である断層心エコー図では、大量の心嚢水、右室の拡大、大まかな左室壁運動の異常の検出までがPC医にとって課せられたものであるという前提で、下記の検診異常について述べる。

 

不整脈

検診における10秒間の心電図トレースで重篤な不整脈をどれだけ見つけられるかは疑問である。1回の心電図では不整脈がなくとも、ホルター心電図では不整脈が多く出現している例は多々ある。

 

心室性期外収縮(PVC

循環器専門医は、このような症例に対して、まず心エコー図検査を行い左室壁運動および左室壁肥厚を評価し、基礎心疾患があるかないかを判断する。心エコー図をルーチン検査にしないPC医は、心電図で左室肥大所見とST-Tの変化の有無で基礎心疾患の有無を判断するべきである。10秒の心電図トレースではPVCが多発性か(形が異なる)、単発性(形が同じ)を判定することは困難である。左室肥大所見、ST-Tの変化もなく、胸部レ線も正常であれば基礎心疾患はまずないと考えられる。喫煙、高血圧、糖尿病、家族歴等の心血管疾患の危険因子がなく患者がそれ以上の検査を望まなければ、この時点で年相応の正常心臓と考えてもよい。もし左室肥大所見がみられたり、陳旧性心筋梗塞が心電図から疑われれば、症状がなくとも循環器専門医に相談することが望まれる。もちろん、断層心エコー図で左室壁運動を評価する自信があるPC医にとっては、専門医への相談は不要である。

ホルター心電図では、PVCの頻度と形を簡単に評価できるが、基本的には患者を安心させるためのものであり、不用意な説明で患者を心配させることが目的ではない。多汗の人、ばん創膏かぶれの人、緊張するタイプの人にとっては、ホルター心電図は簡単な検査ではない。運動により消失するPVCは基本的には無害であり、ホルター心電図を装着した時に運動するように説明しPVCが消失するかどうかを評価する。

 

心房細動

毎年1回の検診が普及したため、無症状で偶然に見つかる発作性心房細動例がある (2)。過去の検診心電図で心房細動があったかどうかを検索し、1週間後に再診させ、心房細動が持続しているかを判定する。1週間後に正常洞調律に復していれば、臨床的意義は不明だが無症状の発作性心房細動であるし、なお心房細動のままであれば過去1年で心房細動に固定してきたのもと考えられる。2000年現在では、洞調律に復させることを目的に、循環器専門医に紹介する方がよい。以前から心房細動であっても、基礎心疾患がないかどうか、抗凝固療法を開始するかについて、緊急性はないが、一度は循環器専門医への受診が必要である。

 

洞性徐脈

激しい運動をしていない症例で心拍数が50/分以下の人に対しては、一度はホルター心電図をとったほうがよい。無症状であるため、その結果により治療方針が変更されることはないが、将来に徐脈の症状が出現した時に比較できるデータとなる。

 

頻脈

緊張するタイプの人は初めての外来ではすぐ頻脈となる。雑談をしながらなお心拍数が100/分以上を呈する症例には、リラックスできる深夜帯の心拍数を評価できるホルター心電図は有用である。

 

房室ブロック、完全左脚ブロック、完全右脚ブロック

激しい運動をしていた患者はスポーツマン心臓として徐脈があり得るが、前年と変化してきたものや高齢者で2度以上の房室ブロックを呈すれば、長い洞停止の有無についてホルター心電図での精査が必要である。完全左脚ブロック、完全右脚ブロックは加齢現象により生じ、原疾患がないことが多いが、前年に指摘されていなかったなら、刺激伝導系の変性も考えて、ホルター心電図で一番長いRRはどれくらいかを評価することが必要である。夜間に4秒以上の洞停止や、ブロックが出現すれば、循環器専門医に相談することが必要である。

 

WPW症候群

症状がなければ放置してよい。しかし、早い動悸を伴い意識がボーとするという病歴が頻回にあれば、循環器専門医に相談すべきである。現在では、カテーテルアブレーションにより治癒可能な不整脈があるので、PC医としてはその恩恵にあづかれる患者を見落とさないようにする必要がある。

 

肥大型心筋症

無症状で検診にて検出される疾患として日本人にその頻度が多い心尖部肥大型心筋症がある。心電図検診のおかげで、これらの心電図の経年変化が理解できるようになってきた。40代から心電図の左室肥大が徐々に進行し、60代くらいで左室高電位、巨大陰性T波を呈してくる(図1-3)。この疾患は基本的には良性であるが、心電図変化が強いので心臓がきわめて悪いと説明され、不要な生活制限を受けている人もまれならず存在する。

予後は悪くないこれらの人に対して、私は、ホルター心電図を年に1回行い、悪性のPVCがなければ人と競合的な競技や行動(マラソン、トライアスロン、かけゴルフ、徹夜の仕事)をさけることのみ注意し、他のことは自由にさせている。ここでも"Do no harm."が原則となる。

 

左室肥大を呈さないQRSSTの異常

心電図の自動診断では軽度のST-T変化を心筋虚血と判断するが、これは真の虚血ではなく、肥大を含めた虚血パターンと考えた方がよい。左室高電位を伴わないST変化では軽度の心筋肥大であることが一番多いが、左室壁運動が軽度に障害されている可能性もあり、前回の心電図との比較は重要である。前回と大きく変化している時は、この1年間に何らかのイベントが心臓に生じた可能性がある。一度は心エコー図を施行する方がよいが、症状がなく、心音に異常がなく、胸部レ線で心拡大がなく、虚血性心疾患の危険因子がなければ、あえて精査しなくてもよいという考え方ある。

 

マラソン・トライアスロン前の心電図検査

1枚の心電図、運動負荷心電図で問題ないからといって、上記のような競技が医学的に可能であるとは断言できない。定期的な高度のトレーニングしていても、強い競合的競技には適さないし、40歳以上ではこのような競技を行わないことが望ましい(3)

 

症例呈示 49歳の男性

本年8月の検診で心電図異常(図4)を指摘された。昨年の心電図では正常であった。病歴を詳しく聴取すると、本年の3月に2日間全身倦怠感があったとのことであった。冠状動脈造影では、前下降枝に99%狭窄がみられ、ドブタミン負荷により無収縮であった前壁中隔はviableと判断され、経皮的冠動脈形成術を試行、R波は徐々に増大、左室壁運動も改善した。この全身倦怠感が急性心筋梗塞であったと考えられた。

 

1-3

APHへの進行 

1:45歳時

図2:52歳時

図3:60歳時

図4

検診の心電図

図5

経皮的冠動脈形成術後の心電図

 

 

文献

1. 検診の功罪 内科専門医会誌 1998;10:466

2.  Iga K et al:, Problems in pharmacological evaluation of patients with paroxysmal atrial fibrillation-Clinical analysis of more than 100 consecutive patients. Internal Medicine 1998371005-1008

3. Willich SN et al. Physical exertion as a trigger of acute myocardial infarction. N Engl J Med 1996;32:1680-1690